GREEキャリア > 東京プラス社長 西村博之氏インタビュー(前編)
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西村 博之(にしむら ひろゆき)氏 プロフィール1976年生まれ。2000年中央大学卒業。米国留学中の1999年にネット掲示板 「2ちゃんねる」を開設。現在、東京プラス株式会社社長、有限会社未来 検索ブラジル取締役、株式会社ニワンゴ取締役など複数の企業の経営に携わる。 |
ゲーム感覚で解いた選択問題
- 田中:
西村さんは巨大掲示板「2ちゃんねる」の管理人としてよく知られていますよね。現在は、(株)ニワンゴの取締役も務めていらっしゃる。プロフィールを拝見しましたが、意外とみんな西村さんがどういう人なのか、どんな過程を経て今があるのかを知らないんじゃないかなと思うんですね。
これまでのお付き合いで僕の中では、西村さんと言えば、「努力を否定する人」というイメージがあります。つまりは肩の力が抜けた、自然体な方という印象です。近頃どうも、日本全体が昔の高度成長期のように「東大に入らなきゃダメだ」というような「頑張り感」が前面に押し出され過ぎているような気がするんです。
個人的には、「頑張りたい人はそうすればいいし、頑張りたくない人が無理に頑張ることはないのでは」と思います。ただ、頑張らない場合にはリスクや将来に対する不安が大きくなるでしょうが、そこを許容できるのであれば頑張らなくてもいいのではないかと。
そこで、自然体を貫く西村さんにぜひお話を聞きたいと考えました。西村さんは高校を卒業して浪人し、大学に入学されましたよね。僕の中では「努力しない人」であるはずの西村さんが浪人してまで努力し、大学に入ったことに矛盾を感じているのですが。
- 西村:
僕は努力そのものを否定してはいませんよ。努力することは美しいと思うし、必要とあれば勉強もします。でも、受験勉強を頑張ったかどうかと言われれば、どうだろう……。もともと時間通りに学校へ行きノートを取るとか、宿題をやってくるという行為そのものが自分にはあまり向いていないんですよね。
卒業するために、最低ラインは必ず超えるようにはしましたが、ギリギリの成績だったので、卒業しか目的がありませんでした。卒業の見通しがついたので喜んでいたところでようやく、大学受験というものの存在に気がつきました。
- 田中:
そこで実際に大学への進学を志すわけですよね。それまで眼中になかったのに、どうしてですか?
- 西村:
社会に出るのはちょっと早いかなという気がしてました。一種のモラトリアムですね。予備校生活は楽しかったんですよ。僕の高校のクラスメイト、半数が同じ予備校にいたので、授業後に喫煙所へ行くと知り合いがたくさんいました。
高校と違ってタバコを吸っても誰も文句を言わないし、勉強に疲れたらみんなで遊びに行って……というのが毎日繰り広げられていましたね。出欠をきちんととるわけでもないので、夏休みが9カ月くらい続くような、ゆとりのある生活でした。
- 田中:
僕は付属高校からそのまま大学へ進学したので、大学受験や予備校生活についてピンとこないんですが、大学は一応、勉強しないと合格しませんよね? それとも、西村さんは勉強しなくとも合格してしまったんでしょうか。
- 西村:
僕、マークシートだけは非常に得意なんです。例えば高校のとき、古典の授業がまったく理解できなかったんですが、1度だけクラスで1番の成績を取ったことがあります。つまりは、「こういう問題があって選択肢を5つ作るとしたら、こっちの回答はひっかけで、これが正解」といった仕掛けのようなものを当てるのが得意なんですよ。
なので、記述式の問題はまるでダメでしたが、マークシート形式の試験が実施されたときだけは、偏差値が急上昇していました。
- 田中:
そのテクニックを利用して……予備校で勉強したのは最初の1カ月だけとのことですが、大学に合格したということは、才能があるんでしょうね。
- 西村:
まあ、ギリギリなんとか受かったようです。
- 田中:
中央大学文学部に合格なさっていますが、こちらの試験もマークシートだったんですよね。その受験の際も、試験問題を解いたというよりは、数ある選択肢の中から正解とされる回答を選んでいったという感じなんですか?
- 西村:
そうですね。感覚としては、パズルに近いです。最後の受験が終わったときに、正直言って残念だなぁと思いました。僕にとって選択問題で構成されている受験はパズルをクリアする努力と等しいもので、パズルを解く→結果が見える──ということの繰り返しでしたから。受験が全て終わったとき、つまらなさを感じたことを覚えています。
ゲームで養ったバランス感覚
- 田中:
中央大学では文学部教育学科心理学コースに進学していますが、心理学に興味を持ったのはなぜですか?
- 西村:
例えば法学部ならば「法律」という、本として編纂されているものを読めば、大抵のものはマスターできますよね。経済や文学も、元にあるものを如何に覚えるかが勝負じゃないですか。
だけど、心理学だけは人の心を扱うので、参考書を読んだだけではマスターできないと考えました。心理学を専攻してそれなりに勉強すれば、本を読んだ知識以外の何かが手にはいると思って……。いま考えると、どうにも浅はかでした。大学に入る前の予想自体が誤っていたので。
- 田中:
予想と現実はどう違ったんですか?
- 西村:
普通に、参考書を読むだけなんですよね(笑)
- 田中:
まぁ、学校とはそういうものですから……。入学して「あれ? もしかして授業がつまらないかも」と気づいたのは、どれくらい経ってからですか?
- 西村:
大学の勉強がつまらないと悟ったのは、最初の授業を受けたとき。1年のとき、一般教養の授業中に「あれ、また英語をやるの?」という違和感がありましたね。
- 田中:
では、学校にはほとんど行かなかった?
- 西村:
いや、遅刻はしながらも欠席はせずに通っていました。4年で卒業したいという目的があったので。大学に入学金と授業料を払うということはつまり、卒業証書を貰いに行くようなものでしょう。それを考えると最短の4年で卒業しておこうと思って。
生活そのものは、割と大学生らしかったと思いますよ。合コンはまったくしませんでしたけど、バイトをしたり、友達の家でダラダラしたり、映画を観たり……。バイトはIDO(現・au)の電話受付をやっていました。だから当時、夜中の9時以降にIDOへ電話していた人は僕が受け答えしているはずです。「総合受付の西村です」とね。
- 田中:
それで中央大学在学中、米国の University of Central Arkansas へ1年間留学するんですね。どうして米国に、そしてこの大学を選んで行ったんですか?
- 西村:
気温が0度以下にならず、学校内にインターネットがあって学費が安く、寮完備なところ──というのを基準にしました。大学に4年もいるんだから、英語くらいは話せるようになろうと思って。
行きたいと思い立ってから実際留学するまでは、約半年くらいでしょうか。そのために普通に授業に出て、一生懸命単位を取っていましたよ。
- 田中:
でも、米国の大学に行けるだけの英語力を備えていたんですね。
- 西村:
まぁ、米国留学には必須の「TOEFL」はマークシート式の試験だったので、一切英語がしゃべれなくとも点数さえよければ、とりあえず合格ラインを超えられるんです。留学してから単位を取れるかどうかは別の話ですが。さすがに留学してすぐの頃は、単位を取るのに苦労しましたね。
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