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東京プラス社長  西村博之氏インタビュー
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インターネットとの出会い

田中:

なるほど。そこで何とか英語をマスターした、と。先ほど「学校内にインターネットがあり……」という話をなさっていましたが、インターネットにはいつ頃から触れているんでしょう。

西村:

大学に入学してからです。視聴覚室にインターネットができるパソコンが置いてありました。

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田中:

世代的には、それまでも「インターネット」という言葉や概念について小耳に挟んではいたと思うんです。実際に触ってみると「これからインターネットの時代が来る」というような予感はありましたか?

西村:

僕は小学校高学年頃から中学生までパソコン通信をやっていたので、なんとなくネットワークという概念については理解していました。インターネットという世界につながったらどうなるんだろうという興味はありましたね。

田中:

なるほど、パソコン通信の経験がいまも生きているのかもしれませんね。ゲームも好きですか?

西村:

一般の人に比べたらかなり好きだと思いますよ。どちらかというと、ロールプレイングよりはシミュレーション系が好きです。ロールプレイングゲームは、フィールドで遭遇した敵に対し、ボタンを連打しているだけで倒せちゃうじゃないですか。ああいった単純作業は飽きてしまうんです。だから、シミュレーションゲームでユニットを作り、戦略を立てる方が好きですね。

ゲームをやって得したと思うのは、バランスを取るのがうまくなったことでしょうか。例えばシミュレーションゲーム『信長の野望』の場合、内政を頑張ってひたすらお金を貯めても、兵隊がいなければ他国から攻められて全滅してしまいます。

だから内政や兵隊の強化、攻め込める国を見つけるための情報戦など、すべてにおいてバランスを取るというのはゲームで身に付いた感覚のような気がします。

田中:

僕、自書『僕が六本木に会社をつくるまで』の中で「ゲームのおかげでいろいろなことを学んだ」と書いたら、ゲーム制作に携わっていた方から手紙を頂いたんです。

「私たちは、ゲーム産業の勃興のために頑張ってきたのに、世間では『ゲームのやり過ぎはキレやすい子供を作る』『ゲーム脳が危ない』と、ゲームそのものを否定されることが多い。こんなに頑張った結果、糾弾されることになるなんて……と悲しんでいるところに田中さんの著書を読み、『ゲームのおかげで助かりました』という記述に感動してしまった」と書いてありました。

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西村:

僕の場合は、「助かった」という程ではありませんけどね。もちろんゲームもそうだけど、映画や本にも大きな影響を受けています。

お金はない。でも、いつも幸せ

田中:

西村さんは大学に所属している時代、ホームページ制作を行っていた、合資会社東京アクセスをご友人達と起業したとか。当時から、「就職しなければ」「稼がなければ生きていけない」といった概念、危機感といったものは持っていたのでしょうか?

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西村:

僕、生活費が安いんですよ。大学生当時、3万1500円のアパートに住んでいて、家賃と生活費込みで月額5万円もかかっていなかったと思います。これまでの人生で缶ジュースを買った回数は3ケタに満たないし、タクシーも近頃「29歳になったことだし、そろそろ乗ってもいいかな」とようやく思えた程。つまりさほどお金を使わない生活なので、お金が必要にもならないんです。バイトでまかなえる程度。

田中:

将来への不安はないんですか?

西村:

僕、将来はバラ色だと思っていましたから。

田中:

現在に対しても、将来に対しても不安はないということですね。でも「就職しなければならない」といった、世間一般の共通認識があるじゃないですか。そういったものも持ち合わせていなかったのですか?

西村:

学生のとき周りにいた人は大学院へ進学することが多かったので、就職が必ずしも正しいという道ではなく、むしろ「皆が好きなようにやればいいんじゃないの」と思っていて……。

田中:

仕事、キャリア、お金を稼ぐことに対しての感覚が薄いというか、切迫感が特にないということでしょうか。

西村:

例えば、僕の月額生活費が5万円だとしますよね。生活費が15万かかる人に比べて、必要な金額が3分の1になる。すると、たぶん必死で働いている人の3分の1働くだけで僕は満足感を得られる。そうなると、別に「頑張って働かなくちゃ」という意識は薄れてきますよ。

田中:

日本人の一般的な人は、そんな考えを持っていないじゃないですか。それはなぜだと思いますか?

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西村:

うーん、僕はそのレベルで幸せになれますが、5万円で幸せになれない人っているんですよ。豪華な服を着たいとか、かっこいい車に乗りたいとか、海外旅行に行きたいとか。

でも、金を払うことで手に入る精神的満足感を得るために犠牲になるのが自分の時間だったり、やりたくないことをやらざるを得ないという精神的マイナスなことですよね。仕事が大好きという人はそれでいいと思いますが、僕は、仕事はそこそこという方が楽しいタイプです。

田中:

そういう価値観が確立されたのはいつ頃ですか?

西村:

予備校時代かもしれません。例えば高校生や大学生は、世間の判断基準というのか、ある「枠」が存在していますが、予備校生は社会的な枠がまるでないのです。警察に職務質問されたら、「無職」としか答えようがなかったわけで……。いわば、社会の底辺だという意識がありまして。

でもその頃、それを楽しんでいる自分を発見しました。この状態が続くのも、これはこれでアリかなと。バイトして楽しい生活をしていますが、その次のステージに昇りたければそうすればいいし、大変ならば戻ってくればいいや、という自由さを手に入れたという感じでしょうか。

田中:

そういった心境まで行き着ければいいですが、普通の人間は葛藤が生じますよね。「周りと違うけど大丈夫かなぁ」とか、「女の子にモテたい」とか、「お金は無いよりあったほうがいい」とか……。西村さんは、そういった欲が初めからなかったんですか、それともいつの間にか消えていたんですか。

西村:

僕は小さい頃からお小遣いを貰っていなかったので、お金で買えるものは基本的に手に入らないものばかりでした。

小学校の頃、友達とゲームセンターに行っても僕はお金を持っていないから、全部友達が払う。みんなでご飯を食べに行っても、僕はお金がないから食べない。大学では、みんなが学食でご飯を食べるのに対し、僕は家から真っ白なご飯だけを持ってきて、ひと品ずつ友達からおかずをもらうという生活。あまり困ったこともなかったなぁ。

逆に、田中さんはお金が必要だと思っているんですか?

田中:

僕自身は、基本的に「二択」だと思っています。普通、人間にはいろいろな願望や欲望がありますよね。例えば「車が欲しい」とか、「おいしいものが食べたい」とか。

一つは、こういうある種、煩悩的なことを、どんどん少なくしていくということで、自分の幸せの定義の認識を変えていこう、という考え方。ひろゆきさんの考え方の根本原理に、近いですよね。求めるものを少なくすれば、満ちるのも早くなるし、喪失感も少ない。「年収300万でも幸せ」的な考え方です。

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そしてもう一つは、こういう願望や欲望を一つの自分に活力を与えるエネルギーとして活用して、自分の人生を前進させていくという考え方。「あの人のようになりたいから努力する」とか、「いい結婚式を上げたいから、お金を貯めるために仕事がんばろう」とか。

両方の選択肢があり、善悪なくどちらも一つの解だと思うのですが、僕としては、後者から取り組んで、だめなら、前者に移行する、というのが現状の取り組みです(笑)。

 

ただ、人間の欲望には際限がありません。一歩間違えば、手に入れても、入れても、その多くを手に入れたことを喜べるはずなのに、まだまだ満足しないという、永遠に満たされないことに、なりかねません。そういう課題とうまくつき合って、自分をコントロールする方法を学んでいるところなんだと思っています。

けど、一番よくないと思うのは、そういう1つ1つのことに喜べなくなるように、喜びの感度が低くなったり、ほんとは、多くを手に入れているのに、願望や欲求ばかりが大きくなったり、どうしても手に入れられないものを求めて、不満ばかり持つことだと思います。それだったら、スパっと諦めて、前者の生き方を模索してみるのがいいと思いますけどね。生きてるだけで、最後は幸せだと感じられるはずですから。

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