GREEキャリア > 株式会社サイバーエージェント 代表取締役社長 藤田 晋氏(前編)
![]() | 藤田 晋(ふじた すすむ)氏 プロフィール1973年福井県生まれ。97年3月青山学院大学経営学部卒業後、株式会社インテリジェンス入社。その後、24歳の若さで株式会社サイバーエージェントを設立し代表取締役に就任。インターネット広告で躍進し、2000年3月には史上最年少の26歳で東証マザーズに上場を果たす。著書に『渋谷ではたらく社長の告白』など。 |
ごくごく平凡な小中高時代
- 田中:
藤田さんは株式会社サイバーエージェントという会社の社長というイメージが定着しすぎていて、ご自身が「どういう人なのか」ということが忘れ去られている気がするんですよね。だから今日は「人間・藤田晋」に迫ろうと思います。
- 藤田:
別に会社が順調なら僕がどういう人かは忘れられても良いんですけどね(笑)。「普通」をモットーにしているくらいですから。
- 田中:
僕は「藤田さんがどういう学生時代を過ごしていたのか」ということに興味があるんです。というのは会社を作る行為自体があまり普通のことではないので、子供時代までさかのぼると起業の原点になるものが何かあるんじゃないかと思うからなんですよ。
- 藤田:
ある程度成功してくると「やっぱりここがほかの人と違う」というのを見つけようと、みなさん一生懸命探ろうとするんですけど、特に何もないんですよね。
- 田中:
ということは、小学・中学・高校生時代を通して、目立つようなことは何もやらなかったんですか?
- 藤田:
故郷の福井はちょっと田舎なんですよね。たしかにそこでは目立っていたと思いますよ。バンドや生徒会長をやっていたし。だけど際立ってリーダーシップを発揮していたわけではないし、カリスマ的な目立ち方をしていたわけではないですよ。
- 田中:
田舎に住んでいたことはあまり好きではなかったんですか、それとも逆に楽しかったんですか?
- 藤田:
漠然と「都会に出ないと話にならない」とは思ってました。「田舎で一番だ」と言っても大したことはないじゃないですか。でも逆に世の中を知らない分、純粋に育ってきたとは思います。
- 田中:
生徒会長やバンド活動をしていたということは結構アクティブだったんですね。オタクではなくて。
- 藤田:
はっきり言ってオタクではないですよ。パソコンも早くから使っていたけど、理系ではないし。学校のヤンキー連中とも仲が良かったです。ま、それは田舎ではヤンキーっぽくないとモテないからなんですけどね(笑)。だけど悪いことをしていたわけじゃないですよ。
- 田中:
勉強はできた方なんですか?
- 藤田:
中学くらいまでは。だけど高校ではもう駄目でしたよ。勉強に興味がなかったんです。それに授業を聞くのが苦手なんですよ。
- 田中:
今でも勉強するのは苦手なんですか?
- 藤田:
ぜんぜん駄目(笑)
- 田中:
やりながら学んでいくというタイプなんですね。
- 藤田:
まったくその通り(笑)
- 田中:
バンドを始めたのはいつからなんですか?
- 藤田:
中1から6年間やってました。「イカ天」(TBS系で1989年〜90年に放送された深夜番組「平成名物TV」の1コーナー「いかすバンド天国」)が流行していた時代ですね。
- 田中:
部活はやってなかったんですか?
- 藤田:
中学の時はやってなかったんですが、高校に行ってから小学校の時に熱心にやっていた剣道をやり直しましたね。
だからさっきも言いましたけど、特別なことは何もないんですよ。自分の本(「渋谷ではたらく社長の告白」)を書くときに自分でも一生懸命考えたんですけど「本当に普通だな」と思ったくらいですから(笑)
戻りたくない麻雀三昧の大学時代
- 田中:
田舎から東京の大学に出てきたときにはカルチャーショックを受けたんじゃないですか?青学(青山学院大学)だったらかなり華やかだと思うんですけど。
- 藤田:
いや、そう思って上京してきたんだけど、青山学院大学って1〜2年生が最初に通うキャンパスは神奈川県の本厚木という場所で、最初に一人暮らしを始めたのも相模大野という田舎だったんです。だから都心からは結構離れていたんですよね。
- 田中:
でも、大学にいる女の子はオシャレだったでしょう?
- 藤田:
それも違うんです。3年生に進級すると渋谷区の青山キャンパスに通うようになるから、みんなキレイになっていくんですよ。男も小綺麗になってくるし。本厚木のころはみんな垢抜けない感じで……(笑)
- 田中:
そうなんですか?(笑)
- 藤田:
そうなんです。やっぱり人は環境に左右されるので、青山に毎日通っていると青山っぽくオシャレになるんですよ。だから3年生になって学食で座って周囲を眺めているとハッと気付くんですよ。「あれ、こんなキレイな女の子、うちの学校にいたんだ」って(笑)
- 田中:
でも大学に入ったら麻雀に明け暮れてしまって、「このままじゃ駄目だ」と思ったんですよね?そこからバイトを探して、人材派遣の会社に行ったことが転機の始まりですね。
- 藤田:
そうそう。大学で勉強していても働くことがイメージができなかったし、学生時代は就職後にどういう目標を設定したら良いのかもイメージできなかった。だけど、今で言うインターンシップのような感じでバイトを始めてから変わりましたね。
- 田中:
それまでは「大学には入ったけどつまらなかった」と感じていたんですか?
- 藤田:
つまらないというか、遊び呆けていただけなんだけど、あのころが一番つらかったですね。
たしかに今思えばうらやましいような生活していたんだけど……。目が覚めるまで寝ていて、麻雀をずっとやったり、飲んだくれたり、競馬をしたりして毎日を過ごしていたわけですから。
だけど「目標がない人生って本当につらいな」と思ったし、「暇なのが人生で一番つらいんだ」ということを痛感しましたね。だから、はっきり言ってあのころには戻りたくないですよ。
- 田中:
起業する人はそういう原体験を持っている場合が良くありますよね。特に「あのころに戻りたくない」というのを。
- 藤田:
たしかにバイトを始めた最初のうちはそうでしたね。飛び込み営業はつらかったんだけど「これでくじけたら、あれに戻っちゃう」みたいな。さすがに今はそれが原動力になっているわけじゃないですよ(笑)
- 田中:
実際にいざ仕事を始めて見たら「あれ、結構できるな」という感じだったんですか?
- 藤田:
そう。一生懸命がんばって成果をあげたら誉められるし、そうすればモチベーションも上がる。だから面白いし、はまっていくという感じでした。
ただ将来の目標を設定するというのはすごく難しかった。自分の中で腹に落ちるような目標をなかなかセッティングできなかったんです。だけどバイトを始めて1〜2年過ぎたころに、「21世紀を代表するような会社を創る」という目標を決めてからすっきりしましたね。
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